Chapter 44
私は自室に戻り、壁に耳を当てる。
しかし、何も聞こえないので、そーっと部屋を出て、音を出さないように慎重に兄の部屋の前に来た。
そして、扉に耳を当てる。
『この魔法はこの術式になるわ。こっちと似ているから気を付けて』
『一緒じゃん』
『微妙に違うのよ』
本当に勉強してる……
あの兄が?
めちゃくちゃ勉強嫌いで字を見るだけで頭が痛くなるとかほざいていた兄が休日なのに勉強してる……
というか、高飛車で有名なイヴェールの次期当主が男子に勉強を教えている……
しかも、ラ・フォルジュの人間とわかったのに……
私はそーっと扉から離れると、階段を降りていく。
すると、階段の下から覗き込んでいる母親と目が合った。
お母さんが無言で手招きをしてきたので静かに降り、一緒にリビングに向かう。
「トウコ、お兄ちゃんのお友達に会いましたか?」
リビングに来ると、お母さんがすぐに聞いてきた。
「会ったし、話したよ」
「本当にシャルリーヌ・イヴェールですか? イヴェールの次期当主と言われる」
お母さんも会ったのか……
「うん。生徒会長……」
そう答えると、お母さんがテーブルにつき、項垂れた。
「やっぱりマズい?」
「マズくないわけないです……ツカサはイヴェールを知っているんですか?」
「知ってるよ。興味ないっぽいけど……」
というか、興味ないって言ってた。
「ハァ……勉強を見てもらっているんですよね?」
「うん。実際、上で勉強してるね」
勉強は口実でおしゃべりでもしてるのかと思ったが、本当に勉強してた。
「文句を言いにくい……」
まあ……
お母さん的には帰れって言いたいんだろうな。
お母さんは絶対にイヴェールが嫌いだろうし。
「あのお兄ちゃんが真面目に勉強してるしね」
「そうですね。それにあの子がファミレスの子でしょう。つまり、ツカサが空間魔法を使えるようになったのもあの娘のおかげ……」
「そうなっちゃうね」
お兄ちゃんは喜んでたし、無駄にスマホや財布の出し入れをしていた。
それを見ていたお父さんもお母さんも喜んでいた。
お母さんに至っては泣いてたからなー……
「毎週土曜日に出かけるし、この1週間は遅くまで出かけてたからツカサに春が来たと思ったのに……よりによって、イヴェール……」
その1週間は対私の特訓だけどね。
決闘のことがバレるからこれは言えない。
「お兄ちゃんの方は会長に武術を教えているみたいだよ」
イヴェールは武家だし、鈍そうな会長がお兄ちゃんに頼んだのだろう。
お兄ちゃんはそれだけが得意だから。
「武術、ですか……」
「お母さんさ……毎週一緒に勉強している男女。しかも、一緒に武術の訓練もしている男女だよ? それでいて、女子の方はその男子しか友達がいない。男子の方はバカだけど明るい」
「漫画で読んだことある展開……」
私もある。
くっつく確率100パーセント。
「お互いの弱点を補い、成長していく……よくある話」
というか、武術の訓練って肉体接触もある。
信頼度の上がり方がダンチだ。
「見事にかみ合ったわけですか……こんな都合の良い展開があるわけないと思って、内心笑いながら読んでいたのにまさか自分の息子がそうなるとは……」
まあ……
「……どうするの? お兄ちゃんに言っても絶対に聞かないよ」
会長、美人だし、スタイルも良い。
それでいて、自分のために勉強も見てくれる女子。
「どうする……どうしましょうか?」
「さあ? 最悪、イヴェールに行っちゃうかもね」
ありえる。
お兄ちゃんはそういう人だもん。
それでラ・フォルジュのお婆ちゃんが怒って勘当しても、無視してお小遣いをせびりに戻ってくる。
悪気ゼロだからお婆ちゃんもなし崩しで許す。
見えるね。
「それだけはラ・フォルジュが許しません。イヴェール云々以前にツカサを手放すことはありえない。あの子の魔力はラ・フォルジュの一族の中でも突出してますから」
まあ……確かに。
「じゃあ、会長を引き込む?」
「次期当主を?」
無理だね。
「ロミジュリだなぁ……」
「ぐっ……私はツカサやあなたの幸福を願っています。だから応援してあげたいとは思います。でも、あまりにも前途多難すぎる……」
お兄ちゃんも会長も何も考えていない感じだったしなー。
それは今のところ、お互いに恋愛感情がないからだ。
でも、客観的に見ると、恋する3秒前。
というか、会長が私に手袋を投げた理由を考えると、1秒前な気がする。
あれはマチアス云々じゃなくて、私がお兄ちゃんのことをバカにしたからキレただけだろうし。
「どうなるのが理想?」
「いっそ駆け落ちでもしてくれませんかね?」
お母さん、スマホでそういう漫画を読むのが好きだからなー……
私もだけど。
「それでいいの?」
「ロミジュリよりマシです」
まあ、あれって悲恋だしね。
お互い、死んじゃうし。
「どうする?」
「保留しかありません。まだくっつくと決まったわけではありませんし」
まあ、そうだけど……
「すでに家に呼んでいるレベルだけど……」
普通、呼ばないし、女子も男の家に来なくない?
「シャルリーヌさんは生徒会長をしているくらいだし、真面目なエリートでしょう? いずれ、ツカサのバカに愛想を尽かすかもしれません」
「まあ……そういうこともあるかもね」
「きっとそうです」
お母さん、絶対にそう思ってないでしょ。
エリートこそ、ああいう強引なバカにホレるんだ。
ソースは漫画。
お読み頂き、ありがとうございます。
この作品を『おもしろかった!』、『続きが気になる!』と思ってくださった方はブックマーク登録や↓の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に評価して下さると執筆の励みになります。
よろしくお願いします!